デビュー30周年 オフィシャルサイト特別企画第2回 将棋

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section06:
順位戦で負けた時、あまりに辛くて原宿警察の前で大の字になったんですよ(島)
来生:昔、「訪問インタビュー」っていうテレビ番組で、米長さん(米長邦雄・永世棋聖)がインタビューを受けていて、その時の話が、いくつか印象に残っているんですけど。「名人っていうのは選ばれるものだ」っていう言葉があって。つまり、将棋界側から「あなたは実に素晴らしい将棋を指しているから、名人にふさわしい」と、そういう人が名人になるんだというようなことを、米長さんが言っていたんです。当時、名人戦で森けい二さん(森けい二・九段)という人が中原さん(中原誠・永世十段)に挑戦していたんだけど、僕は、やる前に、「森けい二さんは、まだ名人にふさわしくないな」と思ったんですよね。「この人が今、名人になっちゃ困る」と。中原さんが勝ってホッとしましたけど。
島:まあ、奇をてらいましたからね、かなり。
来生:その後、大内さん(大内延介・九段)が挑戦したんですけど、その時も僕は「大内さんは、まだ名人にふさわしくない」と思ったんです。その通りになりました。
島:なるほど。
来生:中原さんとか、大山さんとかは、そういうものを持っていましたよね。その後も、やっぱり、それらしき人が名人になっているっていう感じがするんです。谷川さん(谷川浩司・九段)だったり、羽生さんだったり。
島:ただ、昔に比べると、名人の周期が早くなりましたね。昔は大山時代が長かったりしたんですけど、最近は2年、3年で代わることが多いですね。
来生:あと、「運」についても、米長さんが語っていて、それがすごく印象に残っているんです。もちろん、年間通して、それぞれの対局が大事ですけど、自分にとって別段支障のない対局もあるわけじゃないですか。例えばリーグ戦なんかで、もう残留が決まっている場合とか。自分にとっては、上にも上がれないし、下に落ちることもないけれど、相手にとっては、すごく重要な1局だという場合もある。そういう時に、とにかく一生懸命指して、勝つことがすごく大事だと。つまり、運っていうのは、自分にあまり関係のないこと、そういうところに潜んでいるって言うんです。自分にとって大事なことを、一生懸命やるのは当たり前じゃないですか。そうじゃなくて、自分にあまり関係のないことに、一生懸命になる。そこに運が来て、それを蓄積していくと、いつかブレイクするんだ、というようなことを言っていた。「なるほどな」と思いましたよ。「運っていうのは、そういうところにあるんだ」って。まあ、結局のところ、何事も一生懸命やれっていうことなんですけどね。あまり関係のないことですと、やっぱり手を抜いちゃうとか、いい加減になっちゃうことって、あるわけじゃないですか。僕も、無名のライターの頃は、やっぱり人気のある歌い手さんの作曲の仕事っていうのは、なかなかもらえないわけです。ある程度のシンガーの、しかもシングルじゃなくて、アルバムに収録される曲だったりする。書けば確実に売れるってわかっているシンガーに曲を書く場合は、当然、一生懸命やりますよね。でも、書いても売れないっていうのが、だいたいわかっちゃっている場合でも、そういうところに良い曲を書くっていうことが大事なことなんですよね。そう思いました。そこに携わったディレクターやプロデューサー、ミュージシャンが、例えば、他のディレクターとの会話の中で、「誰か良いライターはいないかな?」っていう話になった時に、「この前、来生っていう若手のライターに書いてもらったけど、実に良い曲だったよ」なんて言ってくれれば。そういう口コミで、また仕事がくるわけですよ。だから、やっぱりね、そういうところを一生懸命やるっていうことで、運が蓄積されていくんだな、と。

島:それは、非常にわかるような気がしますね。
来生:将棋の場合、相手にとっては、ちょっと冷酷な気もするけど、それに勝つっていうことが大事なんだっていうのが、すごく印象的だったんです。
島:そうですね。僕は最近、イタリアの建築家の人の言葉で、「神は細部に宿る」っていう言葉を、よく色紙に書くんです。小さなこと、細かいことこそ丁寧にやるっていう言葉なんですけど、やっぱり、それに相通じるものがあるのかなっていう気がしますね。
来生:でも、やっぱり、ちょっと情けって出ちゃうでしょ?
島:どうしても、ありますけど、脳の方で、仲が良くても一生懸命やるようになっているみたいです。すごく大事なことだと思いますね。
来生:一生懸命やった振りをするっていうことは?(笑)
島:わざと負けるのは大変なことです。手は、どうしても勝ちの方に行ってしまいますから。
来生:相撲では、7勝7敗だと、結構、そういうのがあるけどね。
島:そうですね。将棋界では、全力で負かすのがしきたりというか、それが逆に情けだと言われるんですけど、相撲界では、7勝7敗の力士を負かすような人はいらないらしいです(笑)。そういう世界みたいですね。
来生:暗黙の了解っていうか。
島:あるのかもしれないですね。本当に、我々の世界のガチンコ勝負は、どこに出しても恥ずかしくないですね。たぶん、椎名さんが一番、それをわかっていらっしゃると思いますよ。みんな一生懸命やっていますから。去年、自分でも驚いたことがあって。僕は24〜5年やっている、一種のベテラン棋士で、負け慣れてもいるんですけど、去年の7月に順位戦で負けた時、あまりに辛くて原宿警察の前で大の字になっちゃったんですよ。夜中の2時ぐらいに、家に帰る気がしなくて。僕はお酒を飲まないので、ストレス解消法がないですから、普通は車を拾ってすぐに帰るんですけど、その時だけは、どうにも辛くて。もう、どうでも良くなったんでしょうね。若い頃は、40歳、50歳のベテラン棋士の人たちを見て、この人たちは負け慣れているから、負けてもそんなに堪えないんだろうな、と思っていたんですよ。ところが自分がその年齢になってみて、負けるのがあまりにも辛いので、ビックリしましたね。終わった後に反省会っていうのをやるんですけど、時々、あまりに悔しくて、反省会をやらないで帰っちゃう棋士もいるんですよ。
小松:反省会っていうのは、その会場に残ってやるんですか?
椎名:両対局者が、「ここはどういうふうに自信がなかった」とか、「ここでいいと思っていた」とかっていうのを聞いて、僕らが記事にするわけです。
小松:負けた人にも聞くわけですね。
椎名:そうです。局後に感想戦っていうのがあるんですけど、怒りが収まらずに帰っちゃう方もいるんです。
島:たまにいるんですよ、逆上して帰っちゃう人が。普通は、負けを言い聞かせる時間があるので、冷静になるんですけどね。あまりに急転直下の逆転劇であるとか、気持ちの整理ができていない……つまり、負けようのない試合を負けた時とか、どうしても負けられない将棋であるとか、「この相手にだけは負けたくない」とか、色んな事情が重なって、逆上して、大人げないのが分かっていながら帰ってしまう人もいるんです。僕は、未だかつて、帰ったことはないんですけど。しかし、大の字になったのには、我ながら呆れましたね。あまりに大人げないんで(笑)。
来生:いやぁ、やっぱりA級から落ちるっていうのは、かなりショックじゃないですか?
島:そうですね。初めての時は、結構、ショックが大きいですね。次の日が辛いです。
来生:当然、減給にもなるわけですしね。
島:まあ、お金も去ることながら、そういう目で見られるのが辛いですね。「あ、この人、落ちたんだな」っていう……一ヶ月ぐらい、誰からも電話はありませんでしたから(笑)。ピクリとも電話が鳴らない。結構、辛いんですよ。気を使ってかけてこないのが、わかっているだけに。同情されているのが、わかるのは辛いじゃないですか、やはり。僕は元気なのにね。
小松:A級の方っていうのは、8人でしたっけ?
島:10人から2人入れ替えなんですよ。サッカーのJ1とJ2みたいに。
来生:だいたい、3月の最後にNHK-BSで放送しているんですよね。A級棋士の最終戦っていうのは、「将棋界で一番長い日」と言われていて。これがまた、楽しみでね。
島:ファンが多いですよ。あの番組は。
来生:残留の人もいるんだけど、挑戦者になれる人間と、これに負けると落ちちゃう人間がいる。それが、すごい。
小松:本当に、サッカーみたいなものですね。
島:サッカー協会の川渕さんが、将棋の順位戦が大好きで、将棋のシステムをJリーグに取り入れたんです。
小松:ああ、そうなんですか。
島:順位戦は、僕も、何度となくやりましたけど、リーグ戦の醍醐味を感じますね。襖は閉まっているんですけど、隣りでどっちが勝っているのか、わかっちゃうんです。なんとなく、人の動きとか、雰囲気で。
小松:A級からB級に落ちた人って、すぐにまた、A級に戻れるものなんですか?
島:なかなか厳しい質問ですねぇ(笑)。僕はA級から落ちて、一回目は一期で戻ったんです。
小松:あ、すみません。僕、全然知らないもので。
来生:(笑)。
島:いやいや、非常にリアルな質問で。二回目が去年だったんですけど、すぐには戻れませんでしたね。戻るのは大変です。
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section07:真似する気にならない戦法で勝つのが、一番、効率がいいですね(島)
section05:駒を指す手だけで、誰だかわかる(来生)