デビュー30周年 オフィシャルサイト特別企画第3回 岸田 秀

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section03:
人間というのは、悲しい生き物ですよね(来生)
小松:来生さんが、岸田さんの本を読んで「目からウロコが落ちた」と思ったのは、具体的にどの部分なんですか。
来生:学校とか労働とか、そういう疑問に対する答えがあった。本来、労働というのも、不老不死だったら誰もしないと思うんです。死ぬ存在だとわかっているから、色々なことをやるわけで。労働という遺伝子は備わっていない。
岸田:それはそうですね。働き蜂が働くのは遺伝子ですが、人間が働くのは文化ですから。
来生:仕事ばかり一生懸命やる人もいますよね。本当に好きで、趣味みたいにやっているなら、それはそれでいいと思うけど、本当のところはどうなのかなって。
岸田:やはり、仕事を持つことが自我の支えなんですね。人間は本能が壊れたから、本能の代わりに自我を作った。自我自体は作り物で不安定だから、色々なことで補強しなければいけない。「自分は職人だから、これは俺の仕事だ」とか、「私はこれが得意だ」とか、「これが私の生き甲斐だ」とか、そういうことで自我を支えているから、仕事がなくなったら、支えがなくなって困るんじゃないですかね、人間は。困るというか、生きていけないというか。基本的に、働くのは金のためじゃないんですよ。働くと金になり、金がないと生活できないというシステムを作ったのは人間だけど。
来生:僕は犬を飼っているんですけど、散歩に行くと、犬というのは、他の犬のおしっことかウンチの匂いを一生懸命かぐ。人間の僕から見ると、あんなに臭いものを、よくかぐな、と思うんですけど。犬の嗅覚は、人間の何百倍だと言われているから、人間の嗅覚で判断すると臭いけど、犬の嗅覚細胞でかぐと、すごく良い匂いなのかもしれない。
岸田:良い匂いかどうかは、わからないけどね。
来生:本当のウンチの匂いって、客観的にわからないですよね。人間の嗅覚の認識では臭いけど、本当のウンチの匂いって、どういうものなのか。
岸田:臭いと規定しているのは文化だと思うんですよ。
来生:言葉もそうですよね。「今夜はきれいなお月様ですね」ということは、同じ日本人であれば、あれが「月」だとわかるけれど、そのものを言い当ててはいない。他の国では言葉が違う。言葉っていうのは、勝手に人間が規定していることだと。色もそうです。同じ赤を見ても、外人には「赤」という発想はない。
岸田:言語によって、分類が違いますから。例えば、日本人にとって虹は7色ですけど、文化によっては3色だったり、4色だったりする国もあるそうですから。3色の文化で育つと、虹は3色に見えるらしいです。
来生:食べられる、食べられないということで言えば、人肉だって、本来、食べられるわけですけど。
岸田:同類を食べないというのは本能かもしれませんね。人間は本能が壊れていると言っても、まったくないわけではないから。残っている部分がありますから。
来生:やっぱり、何もわからない状態で生まれてきて、でも、ある意味、それは全知全能だと。知らないことを知らない、出来ないことも知らないわけですから。でも、段々と自覚をしていく過程で、フラストレーションがたまっていきますよね。
岸田:フラストレーションがなければ、現実を認識するようにならないでしょうけど。できないことがあるから、できることと、できないことの区別がついて、現実の世界が見えてくるんだと思います。
来生:人間というのは、悲しい生き物ですよね。死ぬことをわかっている。
岸田:自分がいつかそのうち全部消滅してしまうことをわかっているから、生きているうちに何かしようとする。せざるを得ないんでしょう。
来生:普段、起きていて生活している時に、人は、無意識と意識の狭間で、死ということを結構考えているのではないかと。そんなことを人に言うと、「ええ!そんなことを考えているの?」と言われるんですよ。「考えたって、しょうがないじゃない」と。
岸田:そういうふうに言う人は、考えていないんでしょうか。
来生:そんなことはないと思うんですけど。
岸田:人間は死ぬのが怖いから、何か永遠に続くと思われるものをつくって、それにすがろうとするんです。国家を作るのも、そういう理由ですし。別に、国家なんて作らなくてもいいんですけど、何か自分を超えたものに所属したいということなんでしょう。
来生:今、格差社会と言われて、若い人の間でも、勝ち組と負け組みが分かれている。脱力しちゃっている人と、大きな野望や夢を持ってガンガン生きている人がいるわけですけど、僕から見ると、脱力しちゃっている方が賢明じゃないかと。
岸田:日本という社会は、何かをやることで成り立っているところもあって。「そんなことはしなくても良いんじゃないか」と思っていると、脱落してしまう。例えば、アメリカは日本よりも、はるかに厳しい競争社会でしょう。
来生:その方が、本来の姿なんでしょうか。
岸田:そんなことはないです。わざわざそういう文化を作ったんですね。
来生:コピーライターの糸井重里氏が、「仕事とは何か?」と吉本隆明氏に聞いたら、隆明氏は「本当は人間も、やはり24時間遊び呆けたい。おいしいものを食って、好きな所に行って。そういうのが理想だ。子供は、“生活”イコール“遊び”になっている。歴史的に見ると、原始の時代は皆でゴロゴロして、イカダを漕いで、魚を取って、それを皆で分け合って、食って、一日が終わる。それが理想なのであって、仕事というのは、そんなに素晴らしいものではない」と答えているんです。
岸田:それは、僕もそう思いますけど。
来生:でも、そうは言っても……。
岸田:のんびりした社会は、せこい競争社会に負けてしまう。競争が最初に一番発達したのが近代ヨーロッパ、次いでアメリカなんです。ヨーロッパが勝ったのは、あまり競争しない未開社会をつぶしたからで。そういうのんびりした社会が本当は良いと思うけど、どういうわけか、そうでない人類が現れて、そうでない人類が、のんびりした連中を滅ぼしていった。そういう社会に戻れれば良いんだけど、そうもいかないでしょう。日本で、のんびりとやろうとすると、ニートとか言われて、社会的不適応になる。幻想は幻想なんだけど、競争社会を作ってしまったから、なかなかもとには戻れない。
来生:でも、「所詮幻想なんだから、そうムキになることはない」とか言っている若い人の方が安全なんじゃないですか。
岸田:そういう人ばかりなら安全なんですけど、そうでない人たちと対立関係になると駆逐されてしまう。ヨーロッパがアジアにやって来なければ、今でも日本人は、田圃を耕して草でもむしっていたかもしれない。日本の江戸時代というのは、一つの解決策だったんですね。戦国時代を考えると、あちこちで皆が争って、殺し合いをやっていた。「それはダメだ。そういう状態を克服しなければ、人間は幸せになれない」という、ひとつの決断があって、江戸時代になり、鉄砲を捨てた。それで、日本の中では平和が保たれたんです。でも、幕末にペリー艦隊が日本にやってきて、「開国しろ」と言われ、軍事的に敵わない日本は欧米に対抗する必要上、明治国家を作った。頑張って軍事大国の大日本帝国なんていうのを作っちゃって。僕が歴史は幻想だと言うのは、子供の時が大日本帝国の末期で、みんながひっちゃきになって戦争をやっている姿を見ているからなんです。
来生:“鬼畜”から“アメリカ万歳”という感じになって。
岸田:そういうことを、直に見ているから。
来生:今、日本では市民社会が確立しつつあって、ある程度のルールを守れば何をやってもいいと。豊かになって、職種も楽しみ事もたくさんあって、色々な考え方や生き方がある。そうなると、自分とはそぐわない人たちが、たくさん出てくるわけですけど、そのことを許容しなければ、この社会は成り立たない。人生の選択肢もたくさんあって、「あれをやっていれば、成功していたかもしれない」ということが、累々とある。結構、厳しい時代ですよね。人類の歴史上、こんなにやっかいな世の中は、今までなかったんじゃないでしょうか。アメリカもそうですけど、精神的な病が、日本にも増えたのではないかと。自殺も。だから、岸田さんの“幻想”という考え方が、今、必要なんじゃないかと思うんです。
岸田:ある意味ではそうかもしれませんが、幻想だとわめいているだけではどうにもならないでしょう。
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section04:「みんなが同じようになれば平和になる」という考え方は非常に危ない(岸田)
section02:母性愛の神話がなければ、子供は育てられない(岸田)